メインコンテンツ | メニュー

Main Contents

館長日誌 1月

第1回 三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー発足!(2007.01.16 )

三鷹の森ジブリ美術館では新たにライブラリー事業を発足しました。
合わせてライブラリーを紹介するためにこのブログを立ち上げ、館長のわたくし中島清文がこの場を借りてライブラリーに関するよもやま話を紹介してまいります。

第1回目はまず、三鷹の森ジブリ美術館ライブラリーとはいったい何なのか、これをご説明したいと思います。
多くの人はジブリ美術館がスタジオジブリのテーマパークだとお思いでしょう。たしかに、トトロに出会い、ネコバスで遊び、ロボット兵の前で写真を撮る。楽しいですよ!宮崎駿館主は子どもたちを喜ばせる沢山の仕掛けをこの建物に施しています。
しかし、その名に“美術館”とある通り、ジブリ美術館は実は日本初といっても過言ではない本格的なアニメーション美術館として設立されたのです。そして開館以来5年間、地道に美術館としての活動も合わせて行ってきました。
常設展示においてアニメーションの仕組みや制作過程を紹介していますし、企画展示においては世界のアニメーション作家やスタジオを取り上げてきました。例えば、ロシアの巨匠ユーリ・ノルシュテイン監督や、「トイストーリー」「ファインディング・ニモ」「カーズ」などのCGアニメのピクサー・スタジオ、そして現在は「ウォレスとグルミット」で有名なイギリスのアードマン・スタジオを紹介しています。その他にも、アニメーションに関連する講演・上映会や各種イベントも行ってきました。
しかし、宮崎駿館主が以前言っていましたが、アニメーションは一服の絵を見るように、一画面を額に飾って云々するものではなく、動いてこそ価値があるのです。私たちがアニメーション文化を紹介していこうとするとき、展示やイベントにとどまらず、やはりアニメーション作品そのものを紹介していくことがどうしても必要なのです。
世界には素晴らしいアニメーション作品が沢山あります。高畑勲監督や宮崎駿監督が影響を受けた作品、彼らが認める傑作、ハリウッドの作品などの陰になって一般の人の目には触れない名作がいっぱいあります。これらを一般の映画館を借りて、またDVDにして紹介していこうというのが、この三鷹の森ジブリ美術館ライブラリーなのです。

三鷹の森ジブリ美術館ライブラリーは映画配給とDVD化の2本柱で活動していきます。映画配給第一弾として、ロシアのアレクサンドル・ペトロフ監督作品「春のめざめ」を3月17日から渋谷のシネマ・アンジェリカで公開します。DVD化第一弾はフランスのポール・グリモー監督作品「王と鳥」を4月4日にブエナビスタ・ホームエンタテインメントから発売します。それぞれの作品内容はリンクの公式サイトをご参照ください。




第2回 ペトロフ監督ご夫妻来日(2007.01.17 )

昨日、三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー発足についての記者発表を、渋谷の映画館シネマ・アンジェリカにおいて行いました。併せて、3月17日に公開する「春のめざめ」をマスコミの皆さんに初披露しました。油絵の具で描かれた絵の美しさ、そしてめくるめく絵の動きの素晴らしさに多くの方から感動しましたとの言葉を頂戴しました。
当日は、監督であるアレクサンドル・ペトロフさんご夫妻をお招きし、ペトロフ監督からもご挨拶を頂き、1月24日からジブリ美術館で行う「アレクサンドル・ペトロフ『春のめざめ』原画展」に展示される原画の一部も紹介してもらいました。
L070116a.jpg
「原画の紹介をするペトロフ監督と通訳の児島さん。サポートは、美術館の深谷と天内」

ペトロフ監督ご夫妻が日本に到着されたのは前日の15日でした。長旅でお疲れだったにもかかわらず、記者発表当日、登壇者のうちで一番早く到着されました。そして、控え室に落ち着かれるや否や、奥様のナターシャさんが語り始めました。通訳無しで。
「昨夜3時過ぎに地震があった。」
ロシア語かと思ったら、どうも英語らしい。体中を揺り動かして、驚いた様子を私たちに伝えてきます。
「あ~、アースクエイクね。地震あったよね、たしかに。」
我々も英語なら何とか理解しました。そして、ロシア人と私たち日本人のカタコト英語でのやり取りが・・・。
「部屋が大きく左右に揺れた。もうびっくりして飛び起きた。」
「ふむふむ。」
「ホテルの13階の部屋に泊まった。13階は嫌だと言ったのに。」
(某氏)「あ、それは私が予約しました。」
「横揺れが大きくて私はパニックになった。」
「ロシアでは地震はないのか?」
「私の住んでいるところでは地震がない。怖くて怖くて仕方がなかった。」
「大変でしたね。」
「それでホテルに言って、朝方の4時に部屋を13階から2階に変えてもらった。」
「え、4時に!」
「その時、ペトロフ監督はどうしていたのか?」
「私があまりに騒いでいるので、彼は冷静だった。」
とにかく話さないではいられないという感じで、私たちは圧倒されっぱなし。そうして、通訳の方の到着が遅れている間、控え室はナターシャさんの熱いトークで独占されたのでした。
その間、ペトロフ監督は、無言・・・。ナターシャさんの話を楽しそうに聞いていました。

阪神淡路大震災から12年を迎える日を前に、思わぬ異文化交流の一幕でした。

L070116.jpg
「熱いトークのナターシャさんと、それを隣で微笑みながら聞くペトロフ監督」




第3回 ペトロフ監督の初恋(2007.01.18 )

「春のめざめ」は思春期の少年の初恋を描いた作品です。16歳のアントン少年が、彼の家に住み込みで働く娘パーシャに恋心を抱き、貴族の子と貧乏な女中の身分差なんか乗り越えて一緒になることを夢想します。一方で、隣家の年上の令嬢セラフィーマに出会い、彼女こそ理想の女神だと憧れ、彼女への愛の詩を書き綴ります。アントンは愛が醜い部分を併せ持つことを判る年頃になりましたが、それでも文学で語られるような理想の愛を現実に求めて、二人の女性にそれぞれの思いを募らせ、若さゆえの性急な行動を起こします。

16日、17日の丸二日間、ペトロフ監督ご夫妻と行動をともにしましたので、その間に作品についても話を聞きました。
「神様責めないで。清らかに愛したい。」
アントンが教会で発するこの言葉が、ペトロフ監督の一番気に入っているフレーズであり、この作品のテーマそのものであると熱く語られました。
「愛には不条理なもの、醜い部分も当然にくっついてくるけれど、それらを超えて神聖なものを求める愛というものがあってもいいのではないか。国を超え、時代を超えて、このテーマは多くの人に理解してもらえると思う」と。
また、主人公について次のようにも語っていました。
「主人公はアントン少年とは限らない。本当の主人公はパーシャだ。彼女の献身的で何も見返りを求めない愛、自己犠牲の愛を私は描きたかった。」

アントンを描くにあたって監督ご自身の経験が含まれているのか、そして監督本人の初恋について聞いてみると、次のように答えてくれました。
「私にはアントンのような経験はありません。私の初恋は12才のとき。アントンの初恋に比べたら、ずっと幼稚な恋でしたよ。相手は同級生。クラスは違っていたけれど。」
そこですかさず奥様のナターシャさんが一言。
「あとからその話を聞いたんだけど、あの子はだらしのない子だった。勉強だって何だって私が教えてあげていたのよ。どうしてあんな子を好きになったのかわからないわ。」
ということは、ナターシャさんも同級生だったということが判明。更にお聞きすると、お二人は20歳のときに学生結婚され、一緒になられて今年で30年になるとのことです。
きっとお二人は、アントン少年とパーシャのように、理想を追い求めて作品に打ち込む監督とそれに付き合って献身的に支えている奥様なのだろうと想像しました。本当に仲睦まじいご夫婦でした。
ナターシャさんのちょっとした仕草に、「パーシャに似ていますね」と言うと、彼女はニッコリ微笑みました。

0117%20004.jpg
「サインするペトロフ監督とそれを見守るナターシャさん」




第4回 油絵が動く(2007.01.19 )

ペトロフ監督の話を続けます。忘れないうちに・・・。
「春のめざめ」公式サイトの予告編を見ていただくとその一端がわかっていただけると思うのですが、この作品は素晴らしい油絵で描かれたアニメーションなのです。スクリーンで見た人はその絵の素晴らしさ、しかもその油絵が時に幻想的に、時にリアルに動く様子に圧倒されます。
誰しも聞きたくなると思うんです。「どうやってこの技法を身につけたのですか?」と。これに対するペトロフ監督の回答はこうです。
「私はもともとは画家志望でした。それが国立モスクワ映画大学美術科を卒業し、その後監督コースに進んだのです。最初にアニメーションにかかわったのは美術担当としてでした。美術監督もやりました。その頃、新しい表現形式を探していて、ある作品で油絵を使ってみたのが最初です。
その後監督コースに進んで自分の監督作品を作るとき、ある話を聞きました。それは、カナダでキャロライン・リーフという監督がガラス板に油絵の具で絵を描いてアニメーションを作っているというのです。作品を見てはいなかったのですが、自分には油絵が合っていると思っていたので、それをやってみようと考え、第一作『雌牛』をガラス絵アニメーションと呼ばれるこの技法で制作し、以降すべての作品を同じ技法で作っています。
『雌牛』が出来上がった後にキャロライン・リーフの『Street』という作品を見たのですが、実際にはまったく違う形式、内容のものでした。」

こういうきっかけでガラス絵アニメーションを始めたペトロフ監督は、独自にその技法を洗練され、今日に至っているわけです。
「自分自身同じところに留まりたくない。5作品を作ってきましたが、作品ごとに毎回、より良いものを求めています。
この作品では初めて撮影カメラをデジタル化し、CGも使いました。前作『老人と海』では自分で全ての絵を描き、助手には息子を使い、長年共にやってきたセルゲイが撮影を担当して、3人で作りました。しかし今回は12人のチームで制作しています。
機械を揃えそれを使いこなせないといけないし、人材育成にも時間がかかりました。しかし、デジタル化によってプロセスを確認しながら制作できたし、より質の高いものを作ることができたと思っています。次回作でも更に挑戦を続けたい。」

CGを使うとはいってもあくまで手書きが基本であり、CGとのバランスを自然とわきまえて使っているつもりであるとも仰っていました。そして、表現の難しさについて次のように話していました。
「今回の作品で表現上難しかったことの一つには、登場人物が多くそれらを同時に動かさねばならないこともあったが、実は一番難しかったのは、クローズアップされた人物の表情をつけることでした。
その人物の性格、心理状態、そのシーンで置かれている状況など、あらゆることを織り込んで表情をつけなければならない。しかもそれが自然でなければならない。この作品ではそういったことがとても重要ですから。」
絵に対するこだわりが感じられる話でした。

0117%20043.jpg
「ペトロフ監督に描いてもらった私の似顔絵です。」




第5回 「好きにやってくれていいよ!」(2007.01.22 )

ペトロフ監督が1月16日の記者発表での挨拶の中でこんなことを言ってくれました。
「私たちの作っているようなアート系のアニメーションは何回か映画祭で上映されて、DVDになるだけ。それが、ジブリ美術館ライブラリーのおかげでこのような立派な劇場で公開されるのはとてもうれしい限りです。」
この言葉は私たちライブラリー事業に関わるものたちにとって、大変うれしいとともに、とても励みになる言葉でした。しかし私は、この言葉をそっくりそのままシネマ・アンジェリカの皆さんに申し上げたいと思います。
というのは、このライブラリー活動はシネマ・アンジェリカさんの協力なしには成立しません。こうしたアート系のアニメーションなどは、レイトショーで上映できれば上出来です。それをなんとデイタイムの一般公開をさせてもらえるのですから。

シネマ・アンジェリカの代表 畠中基博さんは、名だたる俳優さんをマネジメントするコムスシフトという会社を経営され、「もののけ姫」以来のスタジオジブリ作品で声優のキャスティングディレクターをしていただいている方です。
そんな畠中さんが2005年12月にシネマ・アンジェリカという映画館経営を始めました。なぜ始めたかというと、ご自身でも別会社で映画製作を手がけているのですが、映画を完成させてもなかなか上映してくれる映画館がない。そこで、小さくてもよいから自分の映画、仲間たちの映画をかけるための映画館を所有してしまおうと考えたのでした。そうやってこれまでに、ご自身で制作された、田中裕子さん主演「いつか読書する日」や杉本哲太さん主演「自転車泥棒」といった作品をシネマ・アンジェリカで公開したのでした。
そして、昨年夏にはスタジオジブリも仲間に加わり「王と鳥」を公開。その縁で、今回の三鷹の森ジブリ美術館ライブラリーについても協力してもらえることになったのです。
とはいえ、私たちが最初に持ちこんだ作品が「春のめざめ」上映時間27分の映画ですから、「これどうするの?一日何回上映するつもり?10回?」と呆れられました。それでも、「自分たちも映画館の経営は勉強中だから、面白いことやってみようよ、好きにやってくれていいよ」と言ってもらい、公開できることになりました。本当に感謝です。
ちなみに、「春のめざめ」は1日に7回上映いたします。

ghibli01.jpg
「左から二人目がシネマアンジェリカ代表 畠中基博さん」

ghibli06.jpg
「挨拶をする畠中さん」




第6回 シネマ・アンジェリカをジブリ美術館の旗がジャック(2007.01.23 )

昨日に続き、シネマ・アンジェリカさんのことを触れたいと思います。
代表の畠中さんに、1月16日の記者会見にシネマ・アンジェリカを会場として使わせてほしいと頼んだとき、例によって「好きに使っていいよ」と言ってくれたのです。
そう言われると、うちの担当者たちはいろいろとアイディア出しちゃうんですよね。その一つが、ジブリ美術館の旗を持ってきて、のぼりのように立てようという話になりました。旗の立て方にはいろいろ案があったのですが、結局は入り口を飾る形で掲げました。美術館の旗だとわかる人がどれくらいいたかはわかりませんが、結構派手にやってしまいました。

001.GIF
「美術館の旗でシネマ・アンジェリカの名前が隠れてしまった」

002.GIF
「受付周辺も美術館の旗が立ち並びました」

ジブリ美術館ライブラリーの公開中は、「ジブリ美術館の旗が立つ」といったことも考えています。乞うご期待!

もう一つの案が、ライブラリー作品の監督のサインを映画館の壁にコレクションしていこう!という案です。これについては実は一回あきらめかけました。サインするのに適当な壁がないのです。
ところが、逆提案を受けました。シネマ・アンジェリカの劇場名の入ったメインの看板を使っていいと。家にたとえれば、表札に書いちゃっていいからと!これにはこちらが恐縮してしまいました。「面白いことやろう」というのは口だけじゃなく、本当にやっちゃう方でした。

003.GIF
「ペトロフ監督が絵も描いてくれました」

そんな畠中さんも記者発表の日には登壇され挨拶されたのですが、会見後の第一声は・・・。
「とんでもないところに引っぱり出されちゃったなぁ。ラフな感じで、なんていっておいて、記者がいっぱいじゃない。一生分の写真を撮られたよ!」
柔和な表情、快活な声とは裏はらに、お疲れのご様子。そして畠中さんはその足で、カイロ・プラクティスに体をほぐしに向かったのでした。




第7回 「春のめざめ」原画展スタート!(2007.01.24 )

今日から、三鷹の森ジブリ美術館では、2階ギャラリーにおいてアレクサンドル・ペトロフ「春のめざめ」原画展を開催いたしました。この展示の監修は、昨年夏に公開されたスタジオジブリ作品「ゲド戦記」の監督であり、ジブリ美術館の前館長 宮崎吾朗です。
吾朗さんは「ゲド戦記」の制作が終わってひと段落ついた昨年秋以降、ジブリ美術館に帰ってきています。帰ってきてからはパティオで薪割りをしたり、カフェで皿を洗ったりしていましたが、この原画展を先頭に立って制作してくれました。
「春のめざめ」原画展は、ライブラリー活動と美術館の展示を連動させるべきだと考えて早い段階から企画をしていました。しかし、ロシアから展示に使える絵、資料が手元に着いたのが、何と12月中旬だったため、年末年始の休みを挟んだ突貫工事での制作となりました。
ジブリ美術館の三好学芸員は時間がない中でこの展示をどうするか机でうんうん唸っていたところ、彼の後ろをたまたま通りかかった吾朗さんが「いいアイデアがある」と言ってスラスラと展示プランを描いて見せたのでした。
そして、それで行こうということになると、それからの吾朗さんの動きは早いです。早速、業者に電話を入れて段取りをつけ、設営日を1月23日に決定。原画を手元に取り寄せ、全ての原画、スケッチ等を検分し、全資料のコピーをとり、展示プランを固めていきました。パネル制作も自らやる。三好学芸員が他の仕事で留守の間も一人黙々と制作を進めてくれました。
まさに水を得た魚の如し。昨日も一日、朝8時からジブリ美術館につめ、深夜まで設営の陣頭指揮を執ってくれたのでした。

IMG_3797.jpg
「設営作業中の吾朗さん」

IMG_3813.jpg
「原画の取り扱いは慎重に!」

そして今日、スタッフも朝来てギャラリーの雰囲気が大きく変わっていることにびっくり。アクリル板に描かれた油絵の美しさに感嘆の声を上げていました。そして営業時間終了後には、吾朗さんからスタッフに向けて今回の展示の内容、見所についての説明がありました。
IMG_3865.jpg




第8回 貴重な原画がやってきた(2007.01.25 )

ペトロフ監督はもともと画家志望で、美術科で勉強もされました。アニメーターというより、画家としての画力でもって絵を描く人です。前にも述べましたが、「春のめざめ」の見所の一つは、一枚の絵としてみても素晴らしい油絵、そしてその絵が時に幻想的に、時にリアルに動く!ということです。
ペトロフ監督の作品は、ガラス絵手法と呼ばれるもので、アクリル板の上に油絵の具で描いた絵を少しずつ動かしてコマ撮りしたアニメーションです。ペトロフ監督の画家としての腕前、動きや演技に対するセンスなくしては不可能なものであり、またその制作はとても根気が要る作業です。
しかしその根気を費やした絵は、通常はフィルムの中にしか残りません。なぜならば、絵は撮影する都度どんどん消しては描き直していく連続で、ある瞬間の絵そのものは残らないからです。
それにもかかわらず残されていた数枚の原画が日本にやってきました。というより、無理やり取り寄せたといっても過言ではないのですが。
今回の展示は、その実際の撮影に使われた原画、アクリル板に描かれた油絵を中心にすえて構成しています。バックライトを当てて映し出された絵の美しさを是非見てください。
IMG_3903.jpg

IMG_3867.jpg


また映像資料で実際のアニメーションの一部や制作風景などもご覧いただけますので、目の前の油絵と、アニメーションとなって動く映像とを結びつけて見ていただき、”油絵が動く驚き!”を一緒に感じてもらえたら、と思います。
その他、ペトロフ監督が参考にした資料や自ら描いたスケッチ、またストリーボードなども展示しており、ペトロフ監督の手仕事にも触れていただけます。
IMG_3920.jpg




第9回 素人だから見たい、知りたい、紹介したい(2007.01.26 )

ある取材を受けていて自分自身で気づいたことがありました。三鷹の森ジブリ美術館ライブラリーができて、ここで紹介される作品を一番楽しみにしているのは自分自身なのだと。
私はつい数年前まで銀行員でした。それが3年ほど前にジブリ美術館で働くようになり、自分でも不可思議な成り行きで1年半前に館長になりました。しかし、アニメーションに関してはなんらの知識もないずぶの素人です。ジブリやディズニーの作品、子どものころのTVアニメ、大宣伝される大作アニメーションくらいは見聞きして知っていますが、その程度のことです。
そんな素人がジブリ美術館で働き始めた時に出会ったのが、ロシアのアニメーション作家ユーリー・ノルシュテインの作品でした。ちょうどその時、ジブリ美術館で「ユーリー・ノルシュテイン展」を開催しており、映像展示室では彼の短編作品を上映していたのです。彼の作品は切り絵アニメーションなのですが、その映像の美しさ、品があって、次世代の子どもへ向けた愛情が感じられる作品にびっくりしました。これは子供だましのアニメーションじゃない。こういう素晴らしいアニメーションがあるんだと恥ずかしながら初めて知ったのです。

「ユーリー・ノルシュテイン展 2003.11.19~2004.5.9」
現在も常設展示室に当時の展示物の一部が展示されています。
DSCF0442.JPG

DSCF0435.JPG

宮崎駿館主がよく話すことですが、「子どもが見て面白いと感じる本物は、大人にも通用する。」まさにその通りで、ノルシュテイン監督は「子どものために良質なアニメーションを!」という思いで作られているでしょうが、子どもたちだけのものじゃない、大人のアニメーションだと思いました。
その後、「ピクサー展」「アルプスの少女ハイジ展」「アードマン展」といった企画展示に関わり、また他のアニメーションに触れる機会も増えたことによって、アニメーションにはいろいろなものがあり、またその作り手たちの制作にかける情熱や思いを知り、もっともっと知りたいと思うようになってきたところだったのです。
ですから、楽しみなんです。これからどんな作品と出会い、ライブラリーで紹介しながら自分でも理解を深めていけることが。
きっと私のように大作アニメーションぐらいしか知らない人も多いと思います。そんな人たちにとって世界の素晴らしいアニメーションをのぞき見る入口に「三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー」がなれたらいいなぁと思います。




第10回 そもそもの発端は(2007.01.29 )

いつのことだったか思い出せないのですが、昨冬か、もうちょっと前のことだったと思います。鈴木プロデューサーの自宅に、鈴木さんが古くから集めていた書籍、ビデオ、DVDなどが置いてある和室がありまして、当時は夜な夜な誰かしらがそこに集っていました。某氏が「世界の大プロデューサーがこんな汚いところに住んでいるの?」と言った部屋なのですが(笑)。
ある晩、そこにブエナビスタの塚越代表と私がお邪魔していました。何を話したのか用件も済んだ後、鈴木さんから古いレーザーディスクを見せてもらいました。アート・アニメーションを集めたシリーズです。
こんなアニメーション、あんなアニメーションと、素晴らしいアニメーションを次々と見て、私も塚越さんも感嘆の声を上げました。塚越さんは感激屋さんなので、その後それらのLDを丸ごとごっそり借りて帰って全部みたほどです。
実はこのときから、塚越さんと「ジブリでもない、ディズニーでもない、古今東西の素晴らしいアニメーションを集めてライブラリーシリーズにしよう!」という話が始まったのです。
塚越さんは行動力があり、またとても包容力があるので、私が何か困って助けを請うと、必ず良いようにしてくれるのです。この時も、「ジブリ美術館のレーベルでやりたい」という話に二つ返事で「やりましょう!」といって協力を約束してくれました。まだ何の目算もなく、内容その他まったく雲をつかむような段階であったのにです。
これが三鷹の森ジブリ美術館ライブラリーの話の始まりだったのです。
同じ頃に「春のめざめ」の話が持ち込まれました。塚越さんは、この作品についても、まだ絵も完成していない、声も音楽も入っていない映像を見て、とにかくきれいな油絵がリアルな動きをすることに痛く感動してくれて、「この作品はすごい。おもしろい。是非これをやりましょう」と、どうしたらいいものやら検討段階にあった私をググッと後押ししてくれたのでした。
塚越さんの「これすごい!」「やりましょうよ!」に後押しされて、三鷹の森ジブリ美術館ライブラリーはできたのでした。

070129.jpg
「流暢な(?)英語とボディトークでペトロフ監督夫妻と会話する塚越さん」




第11回 パーシャ、鈴木さんにキスをする(2007.01.30 )

P1393.jpg

上の写真は1月16日の記者発表会の際、会見終了後に舞台袖で鈴木さんが記者の方々に受け答えしている様子を撮ったものです。この日、朝の準備の様子から記者発表の間もずっと写真を撮っていたジブリ美術館社員の滝口さんは、この頃になるといいかげん写真を撮ることに飽きてきました。そして、もうそろそろ終わりということもあって、遊び心で何か面白い構図を探していたところ、目に入ってきたのがこのポーズ。パーシャが鈴木さんのおでこにキスをしているような・・・。いかがでしょうか?ちなみに身内では好評です。
今回のライブラリー立ち上げについては、やはり鈴木プロデューサーのことを語らずして先へ進めません。アニメーションのことも映画興行のことも素人の私にとっては、鈴木さんの指導を得ずして何もできません。
ところが、鈴木さんの言うことは一つ!「とにかくやってみろ!やっているうちに判るから。」というのです。このアドバイスはひどいですよねぇ。スキーがまったく滑れないのに山の頂上まで連れて行かれて、とにかく滑って降りろと言われたような、突き放された気分でした。その後も、何か不安なことがあったり決断を躊躇していると、「考えている時間が長い。とにかく動くこと。動けば何かが始まる。」と叱咤されたのでした。
たしかに、時間も無かったし、とにかく前へ動かすことによって、各担当者はそれぞれキッチリ仕事をしてくれるし、外部の協力会社の方々もアドバイスをくれたり、進んで協力してくれて、物事は前へ前へと進みました。
でも考えてしまうんです。「もっといい方法があるのではないか?もっと出来ることがあるのではないか?」と。これに対する鈴木さんの回答がまた明快です。
「失敗しないと覚えない。」
とにかくやれることをやってみて、間違えたらそれを教訓にして次に生かす。この繰り返しで成長していくんだと。失敗しないと経験が身にならないと。
ということは、まだまだ失敗の数は足りないのかも(笑)。「春のめざめ」の主人公アントン少年の初恋のように、もっと劇的な体験(?)をしないといけませんね。




第12回 想像力をたくましく(2007.01.31 )

「春のめざめ」の内容についてはこれまでほとんど触れてきませんでした。順次紹介していきますが、とりあえずは「春のめざめ」公式サイトをご参照ください。
さて、初めて「春のめざめ」の話が持ち込まれた時に見た映像は、まだ未完成で音も付いていないし最後まで絵もできていない段階のものでした。しかし、それを見た誰もが一様に絵の美しさに感嘆の声を上げました。まさに「油絵が動く!」ことに感動しました。「モネの絵の雰囲気だ」「少女はルノアール風だ」「一枚の絵としてみても十分に鑑賞できるね」と皆さん口々に言いました。
そんな中で面白いことを言ったのが、日本テレビ映画事業部部長の奥田さんでした。奥田さんは、スタジオジブリ作品の全てに関わってこられ、「三丁目の夕日」その他、次々とヒットを飛ばしている名物プロデューサーです。

070131.JPG
「多忙な奥田さん。部屋の片隅で電話中。」

この時点の未完成映像では、ストーリーは何となく想像するしかないわけですが、思春期の少年の恋、同じ年頃の少女と年上の女性の二人の間を揺れ動く男の子の話なので、いい大人の皆さんには想像できる部分が少なくないんですね。というか想像してしまうんですが。そこで奥田さんが突然こう言ったのです。
「これいいじゃないですか。劇場で弁士みたいな人が横に立って、無声映画に話をつけるように上映したらきっと面白いですよ。しかもお笑い芸人かなんかに自分の感じたように勝手に台詞をつけてもらったらおもしろいんじゃないですか?何回かに1回はそういう上映会をやるとか。」
つまり、美しい油絵が動く映像だけを流して、それに合わせて、
『あれはいったいどういうつもりなんだ!』
『あなただって何よ、隣の女といちゃいちゃして。不潔よ。』
『いったい何を言っているんだ。』
『私は見たのよ・・・』
と、やってみたらというのです。これは大うけでした。特に男性陣は「少年の気持ちがよ~くわかる」といって、勝手に想像を膨らませて見ていたわけで、そんなところにこの提案ですから。
普段から想像力たくましい奥田さんの素晴らしいアイデアでした。この想像力(妄想力?)がヒットプロデュサーの源でしょうか?
ですが! さすがにそんなことはペトロフ監督に失礼ですから出来ませんけど・・・。