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エッセイ集草刈民代さん

鮮やかな記憶

バレリーナ 草刈民代

 今回『雪の女王』を見ているうちに、子供の頃の記憶が鮮やかに甦ってきた。

 カイとゲルダが仲むつまじく戯れている場面を見ながら、そのほのぼのとした雰囲気に憧れていたこと。雪の女王の登場のシーンでは、冷たく、威圧感のある女王を恐ろしいと思っていたこと。カイが女王に連れ去られ、抱きかかえられながら「寒い」と言っていたシーンでは、本当にカイのことを気の毒に思い、このあと、どのように話が展開してゆくのかを不安に思っていたこと。物語の進行と共に、それを見ていた自分のことも甦って来たのだ。

 実は、この作品を再び見るまで、この作品がこんなにも鮮明に、私のなかに記憶されているとは思いもしなかった。しかし、今回見て、改めてこの作品の素晴らしさを知り、幼い頃の私は、この作品から強烈な刺激を受けたのではないかと思った。実際、同年齢の私の友人達は、皆この作品のことを記憶している。

 宮崎駿監督は、「この映画は子供たちの動き、仕草が洗練されていて、動きに無駄がない。これは何かっていったらクラッシック・バレエだ」とおっしゃったそうだ。また、「バレエの素養のある子からライブアクションをとったと感じた」ともおっしゃっている。

 私もこの作品はバレエのようだと思った。劇場中継のような構図だと思った場面もあったし、振り付けの配置が舞台で踊る踊りのような配置だと感じた場面もあった。

「振り付けの配置」とは、舞台上で、各ステップをどの場所で行うか、という配置の事である。演劇には言葉が存在するが、ただ役者が舞台に立って、セリフを言っているだけでは表現が成立しないように、バレエの踊りも、音楽にステップを当てはめただけでは成立しない。対象に向って、どのような角度で、どのようなポーズを取るか、また、どのステップをどの方向に向って踏むのか、ということ一つ一つの積み重ねが表現となるのだ。

 私が、この作品を「バレエ」のようだと思ったもう一つの理由は、登場人物全員が「踊って」いたからだ。カイやゲルダだけではなく、道行く人々、子供たち、動物、山賊、お城の衛兵、皆が「踊って」いた。それも、バレエの法則に沿って振り付けられた「踊り」を踊っているように、私には見えたのである。

 2002年、サンクトペテルブルグのマールイ劇場に招かれ、6週間ほど滞在をしたことがある。ある土曜日、10時から始まる基礎のクラスは、いつもよりも出席者が少なかった。
「なんで今日はこんなに人が少ないの?」
隣にいたダンサーにそう聞くと、
「今日は土曜日だから、11時から子供用の公演があるの」

 クラスの後の休憩時間中、私は舞台袖に行ってみた。「子供用の公演」というのに興味があったからだ。残念ながら、次のリハーサルまでの10分程度だったので、どのような内容の作品なのか全くわからなかったのだが、グランド・バレエには登場しないような、動物の着ぐるみを着たダンサーが踊っていたり、まるで、この映画に登場していたゲルダのような女の子が踊っていたりして、ロシア・バレエの作品の層の厚さを垣間見たような気がした。この作品に登場していたキャラクターの所作を見ながら、その時のことを思い出した。

 古典バレエはロシアで確立されたと言われている。バレエの起源はヨーロッパにあるが、「白鳥の湖」や「眠れる森の美女」を生み出した振付家は、フランスからロシアに渡り、その能力を花開かせた。そして、その能力を花開かせることを可能にしたのは、チャイコフスキーという、希有な才能を持ったロシア人である。数百年経っても世界中で踊りつがれている古典作品、また、子供のために創作されてきた作品、ロシアでは様々なバレエの創作がなされてきた。その歴史が、この作品にも反映されているのだと思う。幼い頃に私が受けた強烈な刺激は、そのことを物語っているのだろう。


草刈 民代 (くさかり・たみよ)

バレリーナ。東京都生まれ。1984年に牧阿佐美バレヱ団に入団。以降同バレエ団公演の主役を数多く務める傍ら、レニングラード国立バレエなど海外のバレエ団へのゲスト出演も数多い。また分野を超えてテレビ・CMや雑誌などでも活動し、1996年には「Shall we ダンス?」(周防正行監督作品)で映画初主演、日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞等を受賞。バレエのレパートリーとしては、「白鳥の湖」「ロメオとジュリエット」「コッペリア」等の古典全幕作品からモダンバレエ、創作バレエまで幅広く、1999年にはオリジナル版での日本初公演として話題になったローラン・プティの「若者と死」に主演し、2001年には日本での世界初演「デューク・エリントン・バレエ」にも出演する。また、2005年5月愛・地球博のメイン広場にて、ローラン・プティ作品による「愛と祈り-星降る夜のパ・ド・ドゥ」を企画・主演し大好評を得た。2006年秋からは、ローラン・プティの作品による自身の主演・プロデュースのバレエ公演《ソワレ》で世界ツアーを行う。著書に「全身『からだ革命』」(講談社)、「バレエ漬け」(幻冬舎)がある。



第一回 鮮やかな記憶 ─ バレリーナ 草刈民代
第二回 洗練されたロシア版アンデルセン ─ 児童文学評論家 赤木かん子
第三回 「雪の女王」の中にあるロシア的なるもの ─ 児新訳版字幕担当 児島宏子
第四回 夢の力を持った作品 ─ シンガーソングライター 谷山浩子