西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.50 さようなら素晴らしき挿絵たち


 企画展示「挿絵が僕らにくれたもの」展もいよいよ来週の月曜日までの開催となりました。そして毎週、企画展に関連した話題を提供してきたこの連載も今回が最終回となります。最後はやはり、この企画展を一番象徴する、フォードの一枚の挿絵を取り上げたいと思います。
s130514a.jpg「画:ヘンリー・J・フォード"The Goblin and the Grocer", The Pink Fairy Bookより」
 アンデルセンの"小さな妖精と食料品屋"というお話につけられた挿絵です。食料品店に居ついている妖精(ゴブリン)が、屋根裏部屋に下宿している学生の部屋を扉の隙間から覗いたところ、不思議な光景を目の当たりにするといった場面を描いた挿絵です。学生が読んでいる詩集から、光と幻影が立ちのぼり、妖精はあまりの美しさに驚嘆するこの物語のクライマックスです。「本のなかからひとすじの光がのびて大きな木の幹になり、学生の頭上にたくさんの枝をひろげていた。みずみずしい青葉のあいだに、美しい乙女の顔が花のようにいくつもさき、つやつやした黒い目や、青くすんだ美しい目をかがやかせている。さらには果実のかわりに、きらきら光る星がたわわに実り、部屋全体に胸をふるわす音楽が流れていた。」(東京創元社刊「ももいろの童話集 (アンドルー・ラング世界童話集 第5巻)」アンドルー・ラング編 西村醇子監修より引用)と原文にあるように、それをそのまま挿絵にするとこうなるというお手本です。やはり、フォードの比類なき画力に加え、職人気質とまじめさがゆえの傑作だと思います。宮崎監督も「ちょっと、不気味という人もいますが、美しさとは、妖しさと紙一重で並んでいるものです。この挿絵で、芸術(詩)の力をたたえる原作がとても印象深いものになりました。ラングの童話集にあるたくさんの挿絵の中でも特に記憶に残る作品です。」と称えています。乙女の顔の書き分け、光と影のコントラスト、音楽を楽器奏者で表現するまじめさ、いつまでも眺めていたい一枚ですね。
 ちなみに、同じシーンを別の画家が画にしたものも見つかりました。
s130514c.jpg福音館文庫「人魚姫」アンデルセンの童話2 表紙より
 こうしてみると、やはり、フォードの画の方に惹かれます。比較することで、高畑監督が冷たいと評したラファエル前派風の美女の整った顔立ちが、気高さと透明感を表現するのに有効なのだと思い知らされるのです。この挿絵展を代表する一枚として、忘れないでいてもらえれば嬉しく思います。

 今回の企画展を振り返ってみると、私たちは、展示を通じてたくさんのことを学ぶことができました。イギリスのヴィクトリア朝文化とラファエル前派の画家たち、英国留学した夏目漱石とイギリス絵画の出会い、明治期の日本の洋画家たちの苦悩、ロシアのイワン・ビリービンのモダンさ、戦後に生まれた絵物語と"沙漠の魔王"の不思議な魅力、そして、100年以上にわたってバトンが渡され続けて現代のアニメーションまでつながった通俗文化の系譜。私たちは、この展示を通じて学んだことを忘れないでしょう。美術館の企画展示は終わってしまいますが、これからも近代や現代の美術史に興味を持って、勉強を続けて行ってくれれば、この連載を続けてきた意味もあるというものです。本当に、一年間のお付き合いありがとうございました。(終)


最後になりましたが、嬉しいお知らせがあります。今回の企画展示ですが、今秋、札幌巡回を行なうことが決定しました。

展示名: 三鷹の森ジブリ美術館企画「挿絵が僕らにくれたもの展」―ジブリが読み解く"通俗文化の源流"―
日 時: 2013年9月7日(土)~10月20日(日)
場 所: 北海道立文学館

ジブリ美術館の展示がそのまま、北海道で一度きりの復活を果たします。今回、見逃してしまった方はもちろん、この連載を読んで興味を持った方は、ぜひ、札幌にいらしてください。
詳しくは、北海道立文学館の公式サイトからご覧下さい。
http://www.h-bungaku.or.jp/