2001年06月


06月01日(金)
カフェのスタッフとして新たに横田さん、高築さんが入社。7月入社予定のスタッフ2人も加わり、堀口さんと早速研修が行われた。朝から美術館の展示内容について3スタで三好さんよりレクチャーを受けた後、ジブリを見学。「千と千尋の神隠し」の追い込みで張り詰めた空気を感じたとのこと。午後は事務所に戻り、吾朗さんより今後の全体スケジュールについて説明を聞いた後、建築現場に向かった。
肝心のカフェは、ちょうど床のコンクリートが塗り立てで中に入れず、みんな残念がっていた。


06月02日(土)
地下トイレや中庭のニセ窓に入れる絵をチェックするため、宮崎監督と安西さんがジブリの美術スタッフ・男鹿さん、吉田さん、春日井さんを連れて建築現場を訪れた。監督は、ニセ窓はもちろんあらゆるところを美術スタッフに見せてまわり、その反応を見ていた。中でも外壁の色への思い入れが強いらしく、終始色について語っていた。ちなみに、監督の大きな頭にはヘルメットが小さすぎるのか、窮屈そう…。その後3スタに戻った安西さんは、男鹿さんから「ロボット兵の足元に撒いてください」と草の種をもらっていた。


06月04日(月)
映像展示室やトイレなどのサインの取り付け位置確認が行われた。業者の方々5人と吾朗さん、北嶋さんで建築現場を移動しながらの作業だったが、現場は追い込み作業で緊張した空気が張り詰めている上に、約300人が現場の敷地内で工事を行っているため、どこに行っても7人の居場所がないような状態だった。おまけに、話す声もかき消されるほど工事の音が大きく、鳴り止まない。そんな中、微妙に付け位置をずらしながら、一番見やすい場所を見極める作業がなんとか終了。
金曜日には実際に取り付け作業が行われる。


06月05日(火)
夜7時から運営全体会議が行われる予定だったのだが、待てども待てども吾朗さんと西方さんが帰ってこない。おまけに堀口さんも消えてしまった。一体何事かと思ったが、3人とも二馬力で宮崎監督と打ち合わせをしていて、監督の熱の入った弁に圧倒され時間を忘れてしまったそうだ。エツコさんお手製のラスクを二馬力からたくさん持って帰ってくれたので、待ちぼうけでイライラ気味だったみんなの気分も収まり、なんとか9時から会議が始められた。


06月06日(水)
カフェで使うジャム作りの研究のため、昨日早めに帰宅した高築さん。今日は横田さんも自宅で一日中ジャムを作っていたそうだ。なんと、10㎏もの苺を使用したとのこと。きっと家の中は苺の香りが充満していたに違いない。どんな味になるのか楽しみだ。


06月07日(木)
入場券に使うフィルムを確認して業者さんに送るため、橋田さんは調布の倉庫へ。送るものは決まっていたものの、倉庫の中がたくさんのものであふれており、さらにフィルムの重量がずっしり堪えたためなかなかはかどらなかったそうだ。
腰を痛めたのでは、という周囲の声に、橋田さんは「僕は丈夫だから、ぜんぜん痛くないよ」と虚弱体質のレッテルを返上するような笑顔を見せていた。


06月08日(金)
朝から建築現場で火災検査が実施された。盛田さんと深谷さんが直行し、非常ベルの確認、防火扉の確認などを行った。実際に煙を出して確認するため発煙筒を使用したら、盛田さんは目が痛くなってしまったそうだ。一方深谷さんは「煙がランプの薄明かりに照らされて、まるで霧のサンフランシスコのようだったなー」と、ロマンチックなんだかのんきなんだか。ともあれ、検査は順調に進み、無事終了した。


06月11日(月)
清里方面でカフェスタッフの合宿が始まった。チームワークを固めることはもちろん、やらなければいけないことは山のようにある。とはいえ、日ごろの行いが良いのか梅雨にはめずらしく快晴で、八ヶ岳がくっきりと見え、森の木々もさんさんと輝いて気持いい。おまけに草原を走る野生の鹿まで目撃するという、最高のロケーションの中で、カフェメンバーは気分よく合宿を行い、さらに団結も深まったそうだ。


06月12日(火)
「千と千尋の神隠し」の作画や美術の作業がほぼ一段落した宮崎監督が、自らスタジオ内を回って「千と千尋」の素材や資料をかき集めてきた。3スタに山と積まれた資料をどうやって整理しどこにしまうのか、安西さんは頭を抱えている。

川口さんが腕にうっすらと血がにじんだカットバンを貼っている。どうやら昨日、清里で正体不明の虫に刺されたらしい。本人曰く、刺された直後は腕が2倍にふくれあがったそうだが、何に刺されるとそんな風になるのだろうか。


06月13日(水)
常設展示室の本棚に飾るアルバムに映画のロケハン写真を貼ることになり、ジブリの美術スタッフにお願いして集めたネガが3000枚以上にもなった。どうしたものかと悩んだ三好さんは、あわててプロラボの方に相談していた。

某ぬいぐるみメーカーを訪れた西方さんは、トトロをはじめいろんなキャラクターのぬいぐるみでにぎやかなショウルームにも立ち寄った。そのおかげで、財団設立業務に追いまくられて疲れ気味だった心も少し和んだ様子だった。


06月14日(木)
展示物や什器の美術館への搬入も目前に迫り、夕方から30人ほどの業者さんを集めてスイングの会議室で搬入設営会議が行われた。多くの搬入物が色々な所から届けられるにもかかわらず、美術館の敷地内には駐車場がなく、美術館に入れる車の数も限られている。そのため、段取りと関係者の協力が重要で、様々な注意事項が確認された。また、セキュリティや器物損傷などへの厳重な注意もアピールされ、どの顔も真剣だ。細かいところにまでシビアな質問が飛び交っていた。
無事に終わった後も、皆でお弁当を食べつつあちこちで挨拶回りや打ち合わせが行われるのが見られた。吾朗さんも「あと実質二週間しかない…」と時間のなさを噛み締めていた。


06月15日(金)
運営のアルバイトリーダーの募集が火曜日に締め切られ、予想を上回る応募書類が届いた。やる気あふれる作文付きの履歴書の山に、運営の大口さんは「すべてに目を通すのは一苦労」とうれしい悲鳴をあげていた。毎晩遅くまで一通一通真剣に読んでいるため、大口さんも深谷さんも滝口さんも、目の下がうっすらと青くなっている。あらためて美術館に対する注目度の高さを感じ、いいものにしたいという気持ちがさらに高まる機会となった。


06月16日(土)
ネコバスの最終フォルムを決定するため、宮崎監督と吾朗さんと安西さんが工場へ。工場の床にはネコバスの巨大な体が横たわり、巨大な12本の足がその周りを取り囲んでいた。監督は、窓のフレームの形やテールランプの位置、髭の太さなど、次々と修正の指示を出しつつも、全体的に満足している様子。「小さな子どもが簡単には登れませんね。登ることに憧れて、どうにかして乗るっていうのがいいんですよ」と想像よりも背の高いネコバスを終始にこやかにいろいろな角度から眺めていた。一方、吾朗さんは大胆にもネコバスの足の上に横になったり、足に抱きついたりして「気持ちいい」を連発しながらその感触を吟味していた。


06月18日(月)
ムゼオを取材した「フロム・エー」に滝口さんの写真が大きく掲載されている。
トトロのぬいぐるみと写るその姿が社内で評判だ。「いつもよりよく映っている」「目がきらきらしている」「前髪がワカメみたい」など皆の勝手なコメントを気にもせず、本人は「私が話したことがちゃんと載っているわ」と冷静だった。

夜、宮崎監督が突然3スタを訪れる。前から頼んでいたパノラマボックスの原画を上げてきたらしい。「一日一個と決めたからにはやるんだ」と次の原画を描くための箱も受け取りにきたのだが、箱はまだできていない。タイミング悪く安西さんは建築現場へ行ったまま。それにもめげず監督は、石光さん、三好さんを叱り飛ばしながら、その辺にあった材料でさっさと箱を仕上げてしまい、嵐のように去っていった。


06月19日(火)
「一日一個を宿題としてやる」と、パノラマボックスの試作品作りに取り組んでいる宮崎監督が第三弾を持ってくる。「いままでのジブリ作品だけがモチーフではつまらない」と、オリジナルのキャラクターと舞台で描いた「新作」が、連日作られている。今日は海洋冒険活劇ものだ。展示スタッフは嬉しい反面、この試作品をどうやって完成までに持っていくのか考え込んでいた。

本日誕生日を迎えた堀口さんは、36回目といえどもやっぱりうれしいとにこにこ顔。カフェ「麦わらぼうし」のモットーも「気分はハッピーバースデー」ということで、堀口さんはその気分を実感していたのだろう。シェフ・高築さんが堀口さんのためにおいしいケーキを作ってくれた。


06月20日(水)
搬入に備えて建築現場の下見会が行われる。展示スタッフも一階常設展示室の間取りを実感するために、現場を見て回った。初めて実際出来上がった部屋の壁を見た石光さんは、これを全部埋められるのかとあせっていた。

見慣れない書類が自分の机に積まれていると思った西方さんは、自分が何か大事なことを忘れているのではと心配したが、単に隣の盛田さんの机が書類のなだれを起こしただけだった。スタッフそれぞれが抱えているたくさんの仕事の期限が一様に迫っているらしく、みんなの机の上は、書類の山、山、山…。机の境目もどこにあるのかわからない中での事件だった。


06月21日(木)
建築現場での撮影のため、いつも10時半ごろ出社の田村さんは、なんとかがんばって8時半に現場へ。田村さんにとってその時間はまだ早朝らしいが、朝の早い現場ではすでに職人さんたちの活気であふれていた。この活気に負けじとはりきって撮影をした田村さんは、ズボンの裾がなぜか真っ黄色。どうやら、左官の壁の黄色を知らぬ間に付けてしまったらしい。一度付いたら落ちないだけに、これからもこの日の思い出として穿き続けて欲しい。


06月22日(金)
ケーキハウスの天井と壁に描かれるフレスコ画の作業が、いよいよ現場で始まった。フレスコ画は主にヨーロッパで広く使われた技法で、壁に塗った漆喰が乾かないうちに水で溶いた顔料で絵を描くと、絵の具が漆喰に浸透し、乾くと壁に絵がしっかりと定着するそうだ。ここでは一日6、7人がかりで、その日仕上げるスペースの分だけ漆喰を塗っては絵を描く、という作業をコツコツと続けていく。
今日から足場を組み、描き終わるのはなんと1ヵ月後だ。


06月23日(土)
ジブリの鈴木プロデューサー、野中さん、石井さんらが、吾朗さんの案内で美術館を見学に訪れた。「いままで案内した誰よりもスピードが速い」と思わず吾朗さんが漏らすほど、鈴木さんはセカセカと足早な様子だったのだが、見終わってからの感想は深く、鋭く、痛いところをも突くものだった。

地下一階展示物のノンスリットゾートロープの試作品が届けられた。モーターを新しくして、微妙な速度調整をしながら動きがどう見えるかをひたすらチェック。あまり見つめると目が回ってしまうのだが、これでモーターのタイプは決まった。


06月25日(月)
いつも元気な塩島さんが今日はなんだかとっても不機嫌。「うー」とか「あー」とか、悲嘆の声をあげていた。どうもプリンターが思い通りに操れないらしい。
「プリンターが言うこと聞いてくれないの。なんでー?」と言う塩島さんは、「使い方覚えようよ」という周りの声にも、「相性が悪いだけだもん。悔しい!」と聞く耳を持たない。来週までに200枚作らなければならないものが、現時点で2 枚。果たして相性が合うときは来るのか…。


06月26日(火)
美術館内の各種機器取り扱い説明を聞くため、運営チームは朝9時から現場入り。
深谷さんが一番印象に残ったのは、地下1階のパティオで割った薪を1階のカフェのストーブで使うために吊り上げるクレーン。釣竿に方向を定めるハンドルがついたような形状だ。深谷さんは、さぞかしハンドルが重いだろうと、懇親の力をこめてハンドルを右に傾けたところ、ハンドルのあまりの軽さに釣竿の先がビヨ~ンと右側に飛んでいってしまい、腰を抜かしてしまったとのこと。一方、盛田さんは、空調や、汚染浄水、発電機など、バックヤード関係の説明に「いやー、勉強になる」と目をギンギン。前職も不動産関係だったはずだが、このような話は初めてらしい。考えてみれば、この美術館は誰にとっても初めての体験。毎日が勉強のようなものだ。


06月27日(水)
生ごみを大地に帰す処理をするコムポストが、美術館のカフェの裏側に運び込まれた。想像以上の大きさに吾朗さんは驚き、唖然。人が5人くらい入る大きさで、もしここに落ちてしまったら…と空恐ろしい想像をしてしまった。ごみを入れるときには十分注意しないと。

調布の倉庫に保管してある展示物の整理に三好さんが行く。来月早々には美術館に搬入するので、設置する部屋ごとに色分けしたシールに内容物を記入し、梱包した展示物に貼っていった。エアコンのない部屋で汗とほこりにまみれてしまったが、今まで整理していなかった報いだと、三好さんは自分を呪っていた。


06月28日(木)
川口さんが午前中に人間ドックへ。どうやら胃カメラを飲んだらしい。胃カメラといえば、誰もが「二度と飲みたくない」と首を振るのが一般的なのだが、川口さんは「飲んできたよ!」と元気はつらつ。「僕が行く病院はバリウムなんて飲まないよ。ただ横になって寝ている間に終わっちゃった」と苦しみのかけらも感じさせなかった。


06月29日(金)
美術館のトイレの視察と取材の下見に、田村さんがTOTOの方と美術館に向かった。図面を引く段階からTOTOさんには、水周りのことにご協力をいただいている。
従業員用と屋外便所を含めて9ヶ所もあるトイレをひとつひとつ見て回ったが、おおむね満足していただき、田村さんも一安心。特に地下一階のトイレに驚いていた。ちょうどその時、映画で忙しいはずの宮崎監督が一人で登場。どうやらニセ窓をチェックしにきたらしい。


06月30日(土)
いよいよ建物の竣工当日を迎えた。これを記念して建物の内覧会が行われ、工事関係者やジブリスタッフなどのべ約500人が美術館を訪れた。今まで現場で働いて下さった職人さんたちの多くが、ご家族と一緒に来館し、「ここはお父さんがつくったんだよ」「すごーい」などという声があちこちから聞こえてきた。小さい子供たちは、迷路みたいな空間を行ったり来たり、声を上げ、楽しそうに走り回っていた。展示物の搬入がまだなので部屋は空っぽだが、ステンドグラスや天井扇、階段の手すりに仕込まれたガラス球、手こぎポンプ式の井戸など、見る人はいろんな発見をし、楽しんでいた。中でもロボット兵は大人気。たたいたり、抱きついたり、子供も大人も笑顔がはじけていた。この様子を目の前にしたムゼオのスタッフは、いままでやってきたことが無駄ではなかったと手ごたえを感じ、ここ最近の疲れも吹き飛んだ気がした。