西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.16 本当はカラーもあります


 これまで紹介してきたラングのフェアリーブック・シリーズに収録されている挿絵は、木口木版や写真製版によるものであろうと、全てモノクロの線画によるものでした。緻密に描き込まれたフォードの挿絵は、十分に情報量があり、それだけで見るものを飽きさせません。ただ、1900年ごろから多色石版印刷の技術が確立して、広くカラー印刷が普及を始めていたのも事実です。とはいえ、当時は現代のように原画をカラーフィルターを使って三色分解する技法はなかったので、"クロモ・リトグラフィ"という手法で印刷されていました。

 "リトグラフィ"というのは石版印刷のことなのですが、その独特の味わいが魅力的で、現代でも使われている技術です。すごく簡単に説明すると、石板の上に油性のクレヨンや絵の具で絵を描き、石板全体に水を含ませます。すると画を描いた部分が油性なので水をはじき、何も描いていないところに水がしみこみます。その上からインクを塗ると水を含んだ石板の部分はインクが乗らず、画の部分にのみインクが乗るので、画を紙に印刷することができるというしくみなのです。原版に凸凹がないので版が痛まず、大量に印刷するのに向いているそうです。現代のカラー印刷もこの技術を発展させたものです。

 問題はカラーの場合です。多色刷りの場合は、使われている色数だけ版が必要なのです。たくさんの色を使っているとその数だけ版を用意することになり、非常に手間がかかります。フォードの原画はほとんど水彩絵の具で描かれていますが、これをリトグラフにする場合は、専門の画工と呼ばれる職人が、目視で手を使って転写してたくさんの色版を作っていたのだそうです。熟練の技が要求される、非常に専門的な作業となります。気が遠くなるほど時間と手間がかかる方法なんですね。

 実はラングの童話集は今で言う大ベストセラーで、一年か二年に一冊のペースでじっくりと編集されて出版され、加えて毎号とても売れ行きが良かったので、手間とコストをかけることができたのでしょう。最初のカラーの挿絵が収録されたのは、1901年に発刊された、第7巻の"The Violet Fairy Book"からです。

 実は、フォードも初めのうちは試行錯誤で、カラー挿絵を描いていたようです。初期のころのものと後期のものでは、少しずつタッチや色使いが替わってきています。まさにフォードは、印刷技術の発展とともに挿絵を描き続けたわけなんですね。
s120918a.jpg"Ian, the Soldier's Son, The Orange Fairy Book, 1906"

 最後になりますが、残念なことに今回の企画展示ではカラーの挿絵は取り上げられていません。もし、この文章を読んで興味を持たれた方は、是非、ラングの童話集を手に取ってごらん下さい。線画とはまた違った魅力的な挿絵がごらんいただけます。