西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.25 一枚の挿絵から【壱】 タヌキの話


 この連載も今回で25回目となりました。全部で50回を予定しているので、ようやく折り返し地点を迎たことになります。みなさん、ついてきて下さってますでしょうか。このところ、かなりアカデミックな話題が続きましたので、今回から会場に展示してある挿し絵の中から、気になったものを数点選んで紹介していきたいと思います。とりあえず、ラングの童話集の挿絵を難しいこと抜きで楽しもうという企画です。今回の企画展示は、展示されている絵だけをながめていても、いろいろと面白い発見があるのですから。

s121120a.jpg「ヘンリー・J・フォード"The Slaying of the Tanuki", The Pink Fairy Bookより」
 これは、第5巻に収められた"かちかち山"のお話です。おばあさんと、しばられて吊るされている怪物、実は"タヌキ"です。牛のように大きな頭と、そこにはえた角、悪魔のようにとがった耳。ヨーロッパにはタヌキという動物が生息していなかったので、ヘンリー・J・フォードは全くの想像で描いたのでした。おばあさんを撲殺し、"婆汁"にしておじいさんに食べさせてしまう残虐なストーリーから想像できるのは、悪魔のような姿以外ありえません。こうして、情報もないのにとりあえず絵にしてしまうところがフォードが職人であった故なのです。

 タヌキはとても身近な動物だと思っていましたが、日本をはじめとする東アジア一帯にしか生息していません。ヨーロッパの人々には得体がしれない生き物でした(現在はロシアを横断して、一部ヨーロッパにも生息域を広げているそうです)。ライオンを見たことがなかった日本人が、その姿を"獅子"として犬のような姿に想像していたのと似ています。ちなみに"タヌキ"は英語では"Racoon dog"と訳されていますが、これは姿形が似ている"Racoon(アライグマ)"に"dog"をつけて、"アライグマのようなイヌ"と訳されたのでした。

 ところで、タヌキを描いた話で有名な話がもう一話、ラングの童話集の8巻(The Crimson Fairy Book)に収められていました。日本では"ぶんぶく茶釜"として知られた話ですが、英語では"The Magic Kettle"と訳されていました。こちらの挿絵を是非見たいと思って原書を調べてみたのですが、残念なことに、そこには一片の挿絵も描かれていませんでした。タヌキが、助けてもらったお礼に茶釜に変身して、おどけながら見世物小屋で踊るというイメージでは、悪魔のような姿はふさわしくありません。ひょっとしたら、フォードは、前回は無理に想像で描いてしまったタヌキが、今回はあまりにイメージが違っていたため、描くのをためらってしまったのかもしれませんね。