本棚より[季刊トライホークス 2016年45号]


世の中にはいろいろな本があります。古今東西、恋物語もあれば、冒険物語もあり、たくさんある本の中から、トライホークスに置かれているおすすめの本とお話を紹介します。トライホークスの本棚の中の一冊から、みなさんの本棚の一冊にしていただけたら嬉しいです。

夏への扉

著者...ロバート・A・ハインライン 訳者...福島正実 ハヤカワ文庫 740円

 普段SF小説を手に取ることは少ないのですが、薦める方が多いので気になっていた一冊です。1957年に書かれた作品なので、舞台となる1970年と2000年の設定が現実とは少し異なりますが、自分が存在する世界とは別次元の、あり得たかもしれない世界をのぞいている気分になりました。

 始まりは1970年。優秀な技術者であるダンは、共同事業者の友人マイルズと婚約者ベルの裏切りにあい、自ら開発した家庭用ロボット製品の権利と会社での立場を奪われました。そして相棒である愛猫のピートと離れたまま、強制的に冷凍睡眠に入れられます。目が覚めたのは2000年の世界です。眠っている間に資産は失われ、心の拠りどころであった少女リッキーとは連絡がつかなくなっていました。ダンはリッキーを探します。

 人嫌いで猫好きのダンは、何度も陥れられるような情けない主人公ですが、なかなかユニークな人物です。蘇った2000年では新しい世界の美しさを受け入れ、進んだ技術を積極的に学び、ワクワクと前向きに生きるため悲壮感がありません。ダンとこの物語の根底には、未来への希望と科学技術への信頼を感じます。冷凍睡眠のようなサービスが存在したとしても利用する人は少ないと思いますが、ダンは過去や未来へひとっ飛びできるタイムトラベルを恐れず、全てを賭けます。甘い結末に納得出来ない読者もいるかもしれませんが、夢中になって読むことができました。

片手いっぱいの星

著者...ラフィク・シャミ 訳者...若林ひとみ 岩波書店 1,900円

 この『片手いっぱいの星』の作者ラフィク・シャミは、前号で紹介した『夜の語り部』の作者でもあります。1946年にシリアのダマスカス、イスラム教徒が8割を占める土地でキリスト教徒の家に生まれました。10歳のときにはイエズス会系の修道院に入り、フランス語を覚え、図書室でバルザック、デュマ、ベルヌらの作品に出会います。その後、留学先のドイツで亡命し、クーデターが頻繁に起こる政情不安定な国を離れ、現在はドイツで作家活動を続けています。

 この本は、作者シャミの自伝的要素を含んだ物語であり、ひとりの少年の成長が描かれた物語でもあります。1960年代、ダマスカスに住む14歳の少年の日記という形で物語は進められます。「ぼく」は家業のパン屋ではなく、ジャーナリストになりたいという夢を持っていますが、家は貧しく、彼の望む道に進むことは困難な状況です。恋の悩み、自分の詩が出版社で認められたこと、理由もなく父親が政府に捕まり拷問を受けたこと......。嬉しいことも、悔しいことも、悲しいことも、怒りも、日記だからこそまっすぐに伝わってきます。

 文化、宗教、歴史、国......、抱えているものは違っても、人が本当に必要とするものは同じなのだと改めて思います。愛情を持ってそばにいて、時に物事の違う見方を示してくれる。「ぼく」のそばには、そんなサリームじいさんがいました。子どもが大人になるその時期に、信頼できる大人がいるということがどれだけ幸せなことかを感じる物語です。

季刊トライホークス 45号(内容紹介)

「季刊トライホークス」は、図書閲覧室トライホークスで 3ヶ月ごとに発行しているフリーペーパーです。ここでは、図書室の本を紹介するとともに、様々な分野で活躍している方に本の紹介をしていただき、図書室の枠をこえ「本」と出会うきっかけ作りをしていきたいと考えています。

夢中になって読んだ本
図書室でもおなじみ『アーヤと魔女』(徳間書店)の挿絵を描いている佐竹美保さんに執筆していただきました。仕事柄か、佐竹さんがついつい手にとってしまうのは"骨"関係の本だそうです。
連載「オトフリート・プロイスラー」
今回取り上げる作家は、ドイツの伝説や昔話など地方に根づいた物語を書き続けたプロイスラーです。第1回は、彼の創作に大きな影響を与えた戦争体験、そして最初のお話『小さい水の精』を書き上げるまでを紹介しています。
山猫だより「"大"引越し」
2001年にオープンしてから15年、雨や風によって変化した外壁や植栽に手を入れたり、設備機器を新しくするなど、美術館は二カ月にわたる改修工事を行いました。この工事を行うために、館内のものを全て館外に移動させなければいけません。今回は、その"引越し"について紹介しています。