西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.15 どちらがどちらでしよう


 今回取り上げられている挿絵には、木口木版と写真製版によるものが混在していることを前回説明しました。どの絵がどちらの技法で印刷されているかを考えてみるのも、今回の企画展示を密かな楽しみだと思います。今回は、そのための注目ポイントをお話したいと思います。もちろん、見分ける一番のポイントは、ペンのタッチが生きているかどうかです。彫り師がビュランを使って丁寧に彫った線と、画家のペンタッチは明らかに勢いが違うからです。

 もうひとつ注目したら面白いのが"ベタ"の表現の仕方です。原画はペンで描かれているので、写真製版でそのまま再現すると、黒いベタとはいえペンタッチが残っているのです。反対に木版なら、木を削らないだけです。たとえば、次の挿絵の場合、線の方向がそろっているので、削らない木の面に後からビュランで白い線を効果線として入れているように見えます。
s120911a.jpg"The Yellow Fairy Book, 1894"
 反対にこの挿絵は、ペンのタッチがわかりますよね。たぶん、上の作品が木口木版で、下は写真製版で間違いないと思います。
s120911b.jpg"The Red Fairy Book, 1890"

 こちらの挿絵の場合、人物の頭に注目してください。人物を目立たせるため、後光のような光が描かれていますが、はじめに細かい背景を彫り込んだ後に、大胆に放射状に削っているようにしか見えません。これは、ペンではできない表現です。彫り師のアドリブでしょうか。
s120911d.jpg"The Blue Fairy Book, 1889"

 反対に、同じような後光の表現でも、こちらの挿絵の場合は、最初から後光を意識しながら背景を塗っています。もちろん、上が木口木版で、下が写真製版だと思います。
s120911e.jpg"The Olive Fairy Book, 1907"

 次の挿絵は、ちょっと面白いです。
s120911c.jpg"The Yellow Fairy Book, 1894"
背景の建物を表現するのに、ついにビュランを使って輪郭線を彫ってしまいました。通常だったら、ペンで描かれた輪郭線を残すべきなのに、小さい背景ということもあり面倒くさかったのか、大胆にそのまま線を彫ってしまったのですね。彫り師の苦労が偲ばれます。

 こうした、挿絵の細部に注目してみると、面白くないですか? 一枚の挿絵の裏側に、彫り師の葛藤が見て取れるのです。是非、展示されている作品の一枚一枚を、どうやって印刷されているのかについて思いを馳せるのも、今回の展示の楽しみ方のひとつなのです。