西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.07 フォードの想像力


 前回に引き続き「猫のかけおち」(原題:The Cat's Elopement)のお話です。猫好きで有名な美術館スタッフの女性が日本語翻訳版を買ったということで、見せてくれました。確かに、そのお話は日本を舞台にしていたお話でした。時代は江戸時代のようでしたから、当時の大衆向けに書かれた"草子"と呼ばれる大衆文学の一遍なのかも知れません。当時は、このような庶民向けの平易な読み物が盛んに書かれていたそうです。

 注目したのは、ヘンリー・J・フォードによって描かれた"挿絵"でした。下の画を見てください。ヘビをくわえた猫が写実的に描かれているのに対し、お姫様はあきらかに、"花魁(おいらん)"の資料を見て描かれたようです。頭に沢山のかんざしが刺さっており、羽織った着物もちょっとはだけ気味。そして、小脇に抱えた三味線は明らかにギターです(笑)。指板にはフレットが埋め込まれ、立派な駒が4本の弦を支えています。残念ながら、ロンドンに在住したフォードの資料の中には三味線の資料はなかったようです。資料がない時は、どんどん想像力で補って、それらしい感じに仕上げるところが、"挿絵画家"フォードの職人たる所以だと思います。
s120717a.jpg「The Cat's Elopement」より 画:Henly Justice Ford

 こうした"新たな創造"は、ラングの童話集のその他の挿絵にもたくさん存在しているに違いありません。何せ、アフリカやインディアンのお話まであるのです。とはいえ、沢山の写真や文献の資料を参考にしているのだろうし、フォードという人が博学だったことは間違いなく、日本人の私たちが見れば特に気にならないのですが。登場人物の身につけた小物や着物の柄まで曖昧にすることなく丁寧に書き込んで、室内に置かれた置物や道具も機能的なフォルムにすることで、挿絵に説得力とリアリティを持たせることに成功しているのでしょう。(第3回で取り上げた福島鉄次氏と同じですね)

 この話を聞くと思い出すのは、全くジャンルは違うのですが、ロシアの作曲家のチャイコフスキーのことです。彼が作曲したバレエ音楽「くるみ割り人形」の中にお茶の精が踊る「中国の踊り」という曲があります。ピッコロが活躍する2分ほどの短い曲なのですが、当時、チャイコフスキーは中国の音楽を全く知らなかったので、まったくの想像で"中国風"な曲を書いたのでした。残念ながら今聞くと、少しも中国風ではないなのですが、ピッコロの曲の代名詞となる名曲として、現在も盛んに演奏されています。一流の作者の想像力というものは、時代を超えた普遍的なものに成り得るのかもしれませんね。