西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.03 沙漠の魔王【壱】


 今回は、福島鉄次についてお話します。なかなか展示の紹介に至らない連載なんですが、いろいろと大人の事情があるので、察してください(笑)

 福島鉄次の代表作「沙漠の魔王」。(表記としては、「沙漠の魔王」と「砂漠の魔王」の2種類の表記あり。連載当初は「沙」を使っていたのだが、戦後に制定された当用漢字表によって書き換えが推奨されたため、「砂」の字を使うようになった)。昭和24年~31年の8年にわたって、月刊「冒険王」(秋田書店)に連載された"絵物語"です。"絵物語"というのは、挿絵を中心にして文章が添えられるという形式の読み物で、紙芝居の絵と文章が一緒になったものだと考えるとわかりやすいです。いわゆる漫画との違いは、漫画より明らかに文字数が多いことぐらいでしょうか。確かに初期の絵物語は、文章と挿絵が半分ずつくらいだったのですが、後半になると、どんどん吹き出しが増え、コマ割りも漫画っぽくなっていくので、いわゆる劇画漫画への過渡期のスタイルであると定義付けられるかもしれません。ただ、同時期にデビューし絶大なる人気を得ていった手塚治虫の漫画のキャラクターが漫画っぽいデフォルメされた頭身や顔を持って描かれていたのに対し、絵物語のキャラクターはあくまでも写実的であり続けたところに大きな違いがあるように思います。漫画は作家の個性の主張であるのに対し、絵物語はもっと作家性を抑えたものといえるでしょう。
 とはいうものの、人気だった絵物語作家たちの作風には明確な個性が刻まれています。絵物語の作家としては野生の動物をふんだんに描いた「少年ケニヤ」の山川惣治がその筆頭格に上げられるでしょう。また、近未来の兵器やメカの描写に秀でた小松崎茂も忘れられません。そのふたりに比べて福島鉄次の作風といえば、描き込みの細かさ、博学さに裏付けられたリアリティにあるのではないかと思っています。機関銃やバズーガ砲の正確な描写、戦車や潜水艦のもつ現存するかのようなリアリティは福島鉄次ならではのものです。また、異国情緒にリアリティを持たせる衣装や靴や小物などへの徹底的なこだわり。一枚一枚の絵を時間をかけて読み解くことで、そこからは様々な知識を得ることができるのです。少年の日の宮崎駿監督が「沙漠の魔王」に夢中になったという話を聞いて、さもありなんと納得できたのも当然のことです。
 そんな福島鉄次ですが、意外と見落としがちな漫画との違いを、秋田書店の編集者の方に教えてもらいました。それは、ストーリーのアクションシーンの肝心な瞬間をあえて描かないことなのだそうです。つまり、こういうことです。「敵の基地に忍びこんで、見張りの兵士を倒す」というシーンがあるとします。この場合、普通なら「後ろから兵士に近づく主人公」「拳銃で兵士の頭をなぐる瞬間」「ウッとうめいて倒れる兵士」というように描くのが普通です。ところが、福島鉄次の場合、「後ろから兵士に近づく主人公」を描いて、その次にはいきなり「倒れた兵士の横に拳銃をもって立つ主人公」というように描いているのだそうです。その間のことは、読み手に想像させるように出来ているわけです。こうした独特の間が持つテンポ感が福島鉄次のもうひとつの特徴といえるでしょう。
 あくまでも絵は文章を補足するものとして描いていたからそうなったのか、読み手に暴力的なシーンを見せたくなかったのか、本当はアクションシーンが得意でなかったのか、今となっては作者の真意は分からないのですが、この福島鉄次の読み手である少年少女に見せてよいもの見せてはいけないものをきちんと考えて描いているとすれば、宮崎駿監督と通じるものがあるようにも思います。

 ...そういえば、どうして福島鉄次が企画展のコラムで取り上げられているか、説明していませんでしたよね。今回の企画展の最後のコーナーに「ぼくの妄想史-自分は何処から来たか-」とタイトルされた宮崎監督の私的な展示があるのです。福島鉄次はそこで登場します。 (今回、長くなったので、次号に続きます)


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