西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.05 イギリスと児童文学の誕生


 今回から「挿絵が僕らにくれたもの」展の背景にあるものを少しずつ、説明してみたいと思っています。ただ、自分は世界史があまり得意ではなかったので(ひとつの国の歴史である日本史に比べて、世界を相手にする世界史は覚えることが多すぎる!)、この機に少しずつ勉強しながらです。(間違いがあったら、どんどん指摘してください。)

 イギリスで、児童に読ませるための文学が誕生し、発展したのは、歴史的な背景に由来します。17世紀にイギリスで始まった農業革命、産業革命が19世紀まで続き、この間、英国は一気に近代化を成し遂げました。それまで、農業や牧畜を中心に生活していた国民は都会に進出し、都市を形成。産業が発展するにつれ、雇用主と労働者という関係も生まれ、市民が誕生します。また同時に、英国は世界中に進出し、世界各地からさまざまな産物を国内に持ち帰り、加工したり販売したりする貿易と商業が発展します。こうして、中産階級や富裕層と呼ばれる人々が誕生したのです。こうした市民は教育に熱心であり、また、余暇を過ごすための娯楽に対しての需要も高まる一因となりました。農業や牧畜では労働力とみなされていた子どもたちが、都市では学生として学校教育を受け、読書をするようになったのです。この機に、教育や娯楽のための"本"が続々と編纂され出版されたのは至極当然のことでした。

 こうした中で発刊が始まったのが、今回の展示で取り上げられたアンドルー・ラングの「童話集」です。1889年に最初の「あおいろの童話集」(Blue Fairy Books)が出版され好評をもって受け入れられ、その後も20年にわたって続編が出版され続けました。当時の世界の覇権を握っていたイギリスが、世界中から古今東西の美術品や略奪品を集めて、今もなお大英博物館に収蔵されていることはご存知だと思いますが、ラング童話集も世界中から集められた童話が全12冊の中に、438編も収録されています。これらは、民俗学者であるラングがさまざまなネットワークや知人を介して使って集めたものを、厳選し、翻訳したものなのだそうです。まさに、"書籍版大英博物館"といえるかもしれませんね。
s120703.jpg「Andrew Lang's Blue Fairy Books (1889)」